2025年2月24日月曜日
いざない
天皇陛下は昨日がお誕生日だった。
たくさんの人が長い週末、つまり三連休だった。
私もハッピーマンデーを楽しんだ。
友達が私をコストコの倉庫に連れて行ってくれた。
コストコでは、お店のことを倉庫と呼ぶようだ。
友達は、親切にも、数か月前のあるときに、ドライブに行きませんかと提案してくれていた。
それは私が仕事でまいっていたころのことだった。
我々は近い将来、友達の車でどこかへいっしょに行きましょうと約束した。
その約束が私を助けてくれた。
私はなにかすてきなことを心に持つことができた。
私はコストコの会員証を持っていない。
私は彼らの客ではないということだ。
私は自分の車を、2006年に売ってしまった。
そのころ、私は自分のメールアドレスのアットマークの前の部分を、goodbye_my_carとしていた。
ともかく、コストコが日本に進出してきてから、一度も彼らの店を訪れたことがなかった。
私は友達に、私をコストコに車で連れて行ってくださいと頼んだ。
友達は、それは難しいですね、その日コストコは自社ブランドのトイレットペーパーを値引きして売るんです、と応えた。
店も、駐車場も、道路もたいへんに混雑しますよ。
それで私は考えを変えて、彼女の住まいにより近いところにある公園はどうでしょうと提案した。
そこには梅の木がたくさんあり、いま見ごろなのだ。
その公園は、私が小さい子どものころから私のお気に入りの場所だった。
友達はその公園を知らなかった、そして、そこなら徒歩で行けますねと言っていた。
それからもういっぺん、約束の日にどのくらいコストコが混むか調べ直していた。
結果として友達は、私をコストコに連れて行く決意をした。
私がその店の場所を聞いたとき、たいへんに私は驚いた。
それは母が生まれ育った町の近くだった。
母の郷里の近くには美しい砂浜があった。
第二次世界大戦後にそこはすっかり埋め立てられてしまった。
今やそこには食品市場があり、アウトレットモールがあり、コストコがある。
私が自動車を運転していない間に、高速道路さえその地域にのびてきていた。
誰も美しい砂浜など覚えてはいないだろう。
私は郷愁にひたった、しかしそれは私のものではなく、私の母のものだ。
ところで、私はこの日記を長く書きすぎているようだ。
要するに、私は店のサイズに圧倒された。
私は買いものに1万円を費やし、友達と私はいくつかの食べものを分け合った。
すてきで興奮する1日だった。
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